大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所日立支部 昭和47年(ワ)88号 判決

原告

大谷進

ほか二名

被告

日立運輸東京モノレール株式会社

主文

一  被告は原告大谷進に対し金一〇五万三四九〇円および内金九五万三四九〇円に対する昭和四四年一〇月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告大谷操に対し金九八万一〇三七円および内金八九万一〇三七円に対する昭和四四年一〇月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は原告岡田牛乳多賀販売株式会社に対し金三六二万四三八九円および内金三二九万四三八九円に対する昭和四四年一〇月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らの被告に対するその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

六  この判決は第一、二、三、五項にかぎり仮に執行することができる。

事実

(当事者が求めた裁判)

一  原告ら

被告は原告進に対し金六〇二万七三七四円および内金五三七万七三七四円に対する昭和四四年一〇月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告は原告操に対し金四四四万六五四七円および内金三九四万六五四七円に対する昭和四四年一〇月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告は原告会社に対し金四三九万一三八九円および内金三八九万一三八九円に対する昭和四四年一〇月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。との判決並に仮執行の宣言。

二  被告

原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。

(当事者が主張した事実)

第一請求原因

一  昭和四四年一〇月四日午後〇時二〇分頃、日立市大久保町三丁目九番二八号先路上において、原告進運転、原告操同乗の普通貨物自動車に訴外水庭三男運転の普通貨物自動車が追突し、原告進、操は鞭打損傷の傷害を受けた。

二  被告は訴外水庭運転車両の保有者であるから、自賠法にもとずいて、原告進、操の蒙つた損害を賠償する義務がある。

三  被告は訴外水庭の使用者で、同訴外人は被告の業務に従事中に本件事故を起したものである。訴外水庭は被告車を運転して水戸市方面から高萩市方面へ時速約四五KMで進行中、同方向に進行する原告車に追従するにあたり、原告車が急停止又は方向転換したときでも追突を避けることのできる車間距離を保つべき注意義務があるのに、約六Mの間隔を保つただけで進行した過失により、左折のため減速した原告車に被告車を追突させた。

原告進は原告会社の代表取締役、原告操は取締役であり、原告会社は原告進、操によつて運営されているものであるから被告は民法第七一五条にもとずいて、原告進、操の受傷によつて原告会社が蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

四  原告進の損害

(一) 治療費など 金六万六八〇〇円

1 治療費 金二万四〇〇〇円

昭和四五年七月一〇日から一二月一九日まで小山市大塚整骨院に要した。

2 交通費 金三万八四〇〇円

右通院のため日立多賀駅から間々田駅まで金四〇〇円、四八日分の往復汽車賃。

3 診察料 金四四〇〇円

昭和四七年四月一〇日水戸日赤病院において後遺障害診断をうけた。

(二) 休業損害 金八二万五〇〇円

賞与損 金二二万五〇〇〇円

原告進は受傷前は、年間金七万五〇〇〇円を賞与として原告会社から受領していたが、昭和四五年一〇月以降は原告会社が赤字経営に陥つたため、役員賞与の支給は停止され、以後三年間賞与の支給は全くなく、原告進は原告会社の第五期から第七期までの三年分の賞与を受けない損害を蒙つた。

将来の賞与損 金五九万五五〇〇円

原告進、操の受傷により原告会社の販路を狭少となり、その影響のため原告会社は赤字経営に陥り、この傾向は回復できないものであり、原告進の受傷後数年を経過するも毎年販売高は減少し、赤字経営は原告進が経営に従事する期間中継続するものであり、この赤字経営の故をもつて原告進に対する役員賞与の支給が停止されることは必至である。

昭和四九年以降についてみるに、原告進は大正九年六月二八日生れであるから、その平均余命は二二・〇七年であり、向後一〇年間は稼働可能である。そして、原告進の賞与損は年間金七万五〇〇〇円であるから、現価率を七・九四として計算すると、頭書金額が算出される。

(三) 牛乳配達報酬損失 金二五万九五八四円

原告進は原告会社所有の自動車を運転し、朝夕牛乳配達に従事していたが、受傷のためこれが不可能となつたため、訴外原田一康を雇傭して配達に従事させ、同人に対して、昭和四四年一〇月から四六年二月までの配達料として金二五万九五八四円を支払い、同額の損失を蒙つた。

(四) 臨時雇傭費損 金三三万円

原告進の牛乳販売業務は、妻操外一名の雇人と三名で行つていたが、競争激甚な販売業界では業務の停滞は許されないため、原告進は東京に就職していた長女大谷和子を呼寄せて販売業務に当らせ、昭和四四年一〇月五日から四五年六月三〇日まで九ケ月分の給料として一ケ月金三万三〇〇〇円、賞与金三万三〇〇〇円を支払い、同額の損失を蒙つた。

(五) 逸失利益 金二五〇万四九〇円

原告進は健康体で牛乳配達、集金、販路拡張の業務に従事していたが、受傷後の症状思わしからず、昭和四七年四月一〇日、鞭打損傷のため身体障害等級一〇級と認定され、この症状は固定して回復の見込はない。このため原告進は向後の就労可能期間の間一〇〇分の二七の労働能力を喪つた。

原告進は、昭和四七年四月一〇日を基準として、少くとも二二・一七年の余命があり、六三才に達するまで一二年の就労可能年数が見込まれるところ、原告進の昭和四四年一〇月一日から四五年九月三〇日までの役員報酬は金九三万円、役員賞与は金七万五〇〇〇円の合計金一〇〇万五〇〇〇円である。これらの数値により、年五分の中間利息を控除するため現価率を九・一二五として算定すると、原告進の逸失利益は金二五〇万四九〇円と算出される。

(六) 慰藉料 金二〇〇万円

原告進は健康であつたが本件事故により鞭打損傷を蒙り、昭和四四年一〇月六日から九四日間井上病院に入院し、退院後は三三八日間通院し、その期間中昭和四五年七月一〇日から一二月一二日まで四八日間小山市の大塚整骨院に通院し、その後も随時通院治療や温泉治療をしているが回復思わしからず、現在も右頸椎、肩関節に運動制限あり、頭重感、めまい、右手疼痛、シビレ感の自覚症状がある。頸椎運動は後屈が半減し、他の屈旋は四分の三に制限されて自動車運転不能となり、この回復の見込はなく、その精神的苦痛を慰藉するには金二〇〇万円をもつてすべきである。

(七) 損害填補 金六〇万円

原告進は労災等級一〇級に対応する後遺障害補償金六〇万円を受領したので、これを前記損害の填補に充てた。

(八) 弁護士費用 金六五万円

前記のように原告進の蒙つた損害は合計金五一九万七三七四円となるところ、原告進は本訴提起の着手金として原告ら代理人に金一五万円を支払い、第一審判決言渡時に金五〇万円を報酬として支払う約定である。

五  原告操の損害

(一) 治療費など 金七万一〇三七円

1 治療費 金二万八六三七円

昭和四四年一二月一九日から昭和四五年二月二六日までの整骨師宮本正敏および小山市大塚整骨院に要した。

2 診断書料等 金五六〇〇円

井上病院診断書料 金一二〇〇円、水戸日赤病院診察料金四四〇〇円。

3 交通費 金三万六八〇〇円

昭和四五年七月一二日から一二月一九日まで大塚整骨院への通院のため日立多賀駅から間々田駅まで金四四〇円、四六回分の往復汽車賃。

(二) 休業損害 金三九万六八〇〇円

賞与損 金六万四〇〇〇円

原告操は原告会社の取締役として一切の業務を原告進と共に行い、昭和四五年一〇月一日から一年間は金三万二〇〇〇円の賞与を受けていた。もし本件事故による原告会社の経営不振がなかつたら、原告操は賞与を受けたはずであるのに、原告操らの受傷による原告会社の赤字経営への転落の結果、その後賞与の支給を停止されている。したがつて、昭和四八年九月三〇日まで二期にわたる賞与金六万四〇〇〇円を支給されなかつた。

将来の賞与損 金三三万二八〇〇円

原告進について述べたと同様、原告操に対する今後の賞与支給が停止されることは明らかであるところ、原告操は大正一五年三月五日生れで、稼働可能年数は少なくとも六〇才まで一四年間はあるものであり、原告操の賞与損は年間金三万二〇〇〇円であるから、現価率を一〇・四として計算すると頭書金額が算出される。

(三) 牛乳配達報酬損失 金一一万九八五四円

原告操は原告進とともに、原告会社の自動車を使用して牛乳の家庭配達に当つていたが、受傷のため配達業務に支障を生じ、訴外原田いく子を臨時に雇入れて牛乳配達に当らせ、その報酬として昭和四四年一〇月から四五年一二月までに合計金一一万九八五四円を支払い、同額の損害を蒙つた。

(四) 逸失利益 金一六九万三四四〇円

原告操は受傷前健康で牛乳販売業務に従事していたが、受傷のため頭頸部打撲後遺症、脳幹部および交感神経の異常があり、後遺障害九級と認定され、症状固定して回復の見込がなく、三五%の労働能力を喪つた。しかして、原告操は昭和四七年四月一〇日現在で四五才であるところ、少なくとも向後一八年間の稼働可能年数があるものであり、原告操が原告会社から支給されていた給料は年間金三八万四〇〇〇円である。これらに基いて年五分の割合で中間利息を控除し、現価率を一二・六〇として逸失利益を算定すると頭書金額が算出される。

(五) 慰藉料 金二〇〇万円

原告操は受傷前健康で牛乳販売と家事に従事していたが、受傷のため昭和四四年一〇月五日から一二月三一日まで井上病院に通院、その後昭和四五年二月末日まで宮本整骨師に通院、同年七月一二日から一二月一九日まで小山市内大塚整骨院に通院治療を受け、その後も随時井上病院その他で治療を受けているが、依然として頸部痛、吐気、めまいがあり、頸椎運動に大幅な制限があり、今後も肉体的精神的苦痛に悩まされるもので、これを慰藉するには金二〇〇万円を必要とする。

(六) 損害填補 金七八万円

原告操は労災等級九級に対応する後遺障害補償金七八万円を受領したのでこれを前記損害の填補に充てた。

(七) 弁護士費用 金五〇万円

原告操の蒙つた損害は合計金三九四万六五四七円となるところ、被告に対する本訴提起を余儀なくされ、原告ら代理人に着手金一〇万円を支払い、第一審判決言渡時に報酬金四〇万円の支払を約した。

六  原告会社の損害

(一) 営業損害

原告会社は代表取締役原告進、取締役原告操で個人企業と異らない営業形態であり、牛乳販売の七五%が外売り配達に依存していたもので、配達、集金、販売拡大は原告進、操の活動いかんにかかり、原告進、操あつての原告会社であつたところ、原告進、操の受傷による入院、通院、後遺障害のため従来の営業活動を維持できず、原告会社は営業不振となり赤字経営に陥つた。これは本件交通事故によるものであり、被告はこの損害を賠償する責任がある。

現実の営業損 金二六九万一三八九円

第四期(昭和四四年一〇月一日から四五年九月三〇日まで)営業欠損金八四万九一四九円、第五期(四五年一〇月一日から四六年九月三〇日まで)営業欠損金七三万八一八四円、第六期(四六年一〇月一日から四七年九月三〇日まで)営業欠損金七七万八三一二円、第七期(四七年一〇月一日から四八年九月三〇日まで)営業欠損金三二万八七四四円。

将来の営業損 金一二〇万円

原告進は前記のように後遺障害のため二七%の、原告操は三五%の労働能力を喪い、この状況は今後永年継続するものであるところ、牛乳販売業は肉体労働が主であり、長男を従業員として使用して経営に当つているが、前記の赤字欠損を解消して営業利益をあげるには尚数年を要する。そこで昭和四八年一〇月以降の営業欠損を今後五年間続くものと考え、毎年の欠損額を三〇万円として、ホフマン方式により年五分の中間利息を控除すると

三〇万円×五年×〇・八の算式により金一二〇万円が算出される。

(二) 弁護士費用 金五〇万円

原告会社は右損害について訴提起を余儀なくされ、原告代理人に本訴提起を委任し、着手金一〇万円を支払い、第一審判決時に報酬金四〇万円を支払うことを約した。

第二請求原因に対する答弁

一  請求原因第一項の事実中、原告進、操の受傷の事実は不知、その余の事実は認める。

二  請求原因第二項の事実は認める。

三  同第三項の事実中、被告が訴外水庭の使用者で、同訴外人が被告の業務に従事中に本件事故が発生したことは認め、その余の事実は否認する。

本件事故は原告進が時速四五KMで走行していながら、左折の合図もせずに突然急制動して左折したために発生したもので、原告進の一方的過失に基くものである。

四  請求原因第四項の事実について

(一) 治療費など金六万六八〇〇円を支出したことは認める。

(二) 休業損害の事実は否認する。

元来取締役の賞与は会社に利益が生じた場合に給付されるもので、会社に欠損あるときに給付されないことは当然である。又、原告会社の欠損は牛乳業界の過当競争にも一因があり、受傷のみを理由とすることはできない。

(三) 牛乳配達報酬損失の事実は不知。

(四) 臨時雇傭費損の事実は原告会社の負担による雇傭であつて、原告進の損害ではない。

(五) 逸失利益の事実は争う。

(六) 慰藉料の事実中、入院通院の事実は争わないが過大な請求である。

五  請求原因第五項の事実について

(一) 治療費など金七万一〇三七円の支出をしたことは認める。

(二) 休業損害の事実は否認する。前項(二)に述べたと同じ。

(三) 配達報酬金の事実は不知。

(四) 逸失利益の事実は否認。

(五) 慰藉料の事実中、井上病院にその主張の期間通院したことは認め、その余の事実は不知。

六  請求原因第六項の事実について争う。

七  原告車が左折の合図をせずに突然制動して左折しようとしたため、これに追従していた被告車は急制動して右転把したが被告車左前部が原告車右後部に衝突したもので、被告車が車間距離を十分保持しなかつたことも衝突の一因であるが、原告車は被告車が追従していたことを熟知していたのであるから、被告車が適切な処置をとるに必要な時期に左折合図を行わない原告車にも過失があるので、過失相殺さるべきである。

第三弁済の抗弁

一  被告は原告進に対し、休業補償費として、昭和四四年一一月、金八万八一〇円、同年一二月、金一三万円、昭和四五年二月、金一〇万二五〇〇円を支払つた。

第四右弁済の事実は認める。

(証拠関係)略

理由

一  昭和四四年一〇月四日午後〇時二〇分頃、日立市大久保町三丁目九番二八号先路上において、原告進運転、原告操同乗の普通貨物自動車に、訴外水庭運転の普通貨物車が追突し、原告進、同操が鞭打損傷の傷害を受けたこと、および被告が訴外水庭運転車両の保有者であることは当事者間に争いがない。したがつて、被告は原告進および原告操がこの受傷によつて蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

二  原告会社の蒙つた損害に対する被告の損害賠償義務について検討する。

被告車を運転していた訴外水庭が被告の雇傭人であり、本件事故当時、訴外水庭が被告の業務に従事していたことは当事者間に争いがない。

そして、本件事故について、訴外水庭の過失の有無を検討すると、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証人水庭三男の証言の一部(原告車の左折合図に関する部分)は、乙第五、七号証および原告進本人尋問の結果に照らして採用できない。

「事故現場は幅員九・五Mの六号国道であり、同国道には中央線が設けられ、速度制限は時速五〇KM。原告車は道路左側部分のほゞ中央部を、水戸方面から高萩方面へ時速四〇ないし四五KMで進行し、事故現場において左方道路へ左折すべく、左方道路の幅員が充分でないため、必ずしも国道左側端へ寄らないで、自車線中央附近から、交差点手前二〇M附近で左折の点滅合図をして、制動しつつ左折し始めた。被告車は原告車と同方向へ原告車に追従し、原告車とほゞ同速度で進行したが、事故現場附近では、原告車との車間距離は約六Mしか保持しないで追従し、原告車が左折することは予期しなかつたところ、原告車が左折合図をしているのに気付かず、原告車が左折のため制動したのを発見してのち、急きよ制動して右へ転把したがおよばないで、被告車前部バンバーを、左折態勢に入つた原告車後部に追突させた。」

右事実によれば、前車に追従走行する後車は、前車の停止などの動向に安全に対応できるように車間距離を保持して走行すべき注意義務があるのに、これを怠り、時速四〇KM以上で走行しながら、前車である原告車との車間距離を僅かに約六Mしか保持せず、しかも、前車の動向に注意を欠いていたため、左折のため制動した原告車の動向に対応することができないで追突したものであるから、訴外水庭は本件事故について過失責任があることが明らかである。

したがつて、被告は使用者として本件事故により生じた損害について賠償すべき義務がある。

更に、被告が主張する過失相殺の当否について考えると、原告進にも左折合図を交差点手前三〇Mでしなければならないのにこれがやゝ遅れて、手前二〇Mに至つて合図をし、又、左折する場合には、あらかじめその前からできる限り道路の左側端に寄り、かつ、できるかぎり道路の左側端に沿つて徐行しなければならないのに、左方道路の幅員の関係上、道路の左側端に寄らないで、自車線の中央付近から左折した運転操作上の不適切があつたものというべきである。しかしながら、本件事故の態様を総じてみるならば、本件事故の原因は、被告車の車間距離不保持と前車追従に際しての前車の動向不注視にあつたものであつて、訴外水庭のこの過失の大なることに比すれば、原告進の右落度は、これを過失相殺すべき事情として考慮するに足りないものと考えられる。

三  次に、原告会社の蒙つた損害はいわゆる間接損害であるので、これと訴外水庭の不法行為との間の関係の有無については検討を要する。

ある人に対して加えられた不法行為の結果、その人以外の第三者に損害を生じた場合でも、不法行為者の損害賠償義務は、直接に加害された者に生じた損害に対してあるにとゞまり、第三者に生じた損害についてまではおよばないものとするのが、不法行為法の原則である。いわゆる相当因果関係の法理も、被害者として損害賠償請求の主体であることを認められた者が、発生した損害のうち賠償請求をなし得る範囲を画定することに本来の目的があるのであるから、この法理をもつて、直ちに、第三者に生じた損害について不法行為者の賠償責任を肯定することはためらわれねばならない。

しかし、第三者が、法人とは名ばかりのいわゆる個人会社であり、直接の被害者には当該会社の機関としての代替性がなく、直接の被害者と会社とが経済的に一体をなす関係にあるようなきわめて小規模な個人会社である場合には、この会社に生じた損害の賠償請求を、定型的な例外として認容しなければ、このような個人会社およびこれを構成する個人の、現実の社会的経済的実態に適合しない。間接損害を蒙つた会社が、右のような会社である場合には、その構成員に対する不法行為がなかつたならば得られたであろう会社の逸失利益について、損害賠償の請求を肯定すべきである。

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

「原告会社は、牛乳の販売、乳製品および各種飲料品の販売を目的とするものであるところ、実際には牛乳販売に経営を依存しており、収益の七五%は家庭配達によるものである。原告進は原告会社の代表取締役、原告操は取締役であり、原告会社の営業は原告夫婦が仕入れ、配達、店頭販売、集金、販路拡張、経理事務の全てを担当し、配達の一部に一名の雇人を従事させるほか、経営のすべては原告夫婦が掌理し、運営するもので、登記簿上の他の会社役員は名目ばかりである。」

右事実によれば、原告会社は、いわば株式会社という法形態をとつた、実質上は原告夫婦の個人営業と異るところがない、原告夫婦を離れて原告会社の存続の考えられない小規模な個人会社であつて、前述の定型に該当するものであるから、原告進、操の受傷によつて原告会社が逸失した利益を、被告会社は損害賠償すべき責任があるものと認められる。

四  原告進の損害について。

(一)  原告進が本件事故による受傷のため、治療費、通院交通費、診察料として合計金六万六八〇〇円の支出をしたことは、当事者間に争いがない。

(二)  休業による賞与損について。

〔証拠略〕によれば、原告進は本件事故による受傷のため、原告会社の業務に従事することが、昭和四四年一〇月八日以降不能となり、それが当分の間続いたこと、これによつて原告会社の営業活動が停滞したことが認められるが、他方、〔証拠略〕によれば、原告進は昭和四四年一二月分賞与として金一五万円、昭和四五年七月、同年一二月、昭和四六年七月、同年一二月分としてそれぞれ賞与として各金一六万円の支給を原告会社から受けたことが認められる。

とすれば、原告進は、受傷のため、昭和四四年一〇月以降、原告会社が赤字経営に陥り、役員賞与の支給を停止されたと主張するが、かかる事実は認められないのであり、したがつて、昭和四七年度以降の役員賞与の不支給の主張についても、右認定のように受傷と賞与支給、不支給との間に因果関係が認められない以上、これを肯認することはできない。

(三)  原告進が受傷して牛乳配達に従事できなくなつたため、原告進は訴外原田一康を雇傭して牛乳配達に従事せしめ、これに配達料を支払つて、原告進が損害を蒙つたと主張するが、原告進の従事する牛乳配達の業務は、前認定のとおり原告会社の業務としてなすものであり、原告進は、自己が業務従事不能であるからといつて、原告会社との関係で、原告進が代替者を雇傭する契約上の義務はないのであるから、訴外原田を雇傭してこれに配達料を支払つたとしても、これを原告会社の蒙つた損害として請求するものであるならば格別、原告進の蒙つた損害であるものとして不法行為者に対して、その賠償請求を求めることは相当因果関係の範囲にないものとして失当である。

(四)  原告の臨時雇傭費損に関する主張についても、右同様の理由により主張自体失当である。

(五)  逸失利益について。

原告進は昭和四七年四月一〇日以後一二年間の就労可能期間にわたる役員報酬および賞与の支給が、受傷による後遺障害のため、その一〇〇分の二七を受け得られなくなつたと主張する。よつて検討するに、原告進本人尋問の結果により真正な成立の認められる甲第七号証によると、原告進がその受傷前である昭和四四年六、七、八月に原告会社から支給されていた給与は、本給が各月金七万五〇〇〇円であることが認められる。ところが〔証拠略〕によると、受傷後である昭和四四年一〇月八日から昭和四五年一月九日まで入院し、その後昭和四五年一二月一九日まで通院治療にあたり、その間原告会社の業務に従事できず、或いは著るしく業務に支障をきたしたことが認められるのに、〔証拠略〕によれば、原告進は右業務に支障を来たした昭和四四年一〇月一日から昭和四五年九月三〇日までの間に役員報酬金九三万円とそのほか賞与金七万五〇〇〇円の支給を受けたことが認められ、その後、昭和四五年一〇月一日から昭和四六年九月三〇日の間、同年一〇月一日から昭和四七年九月三〇日の間にも、それぞれ役員報酬金九六万円の支給を受けたことが認められる。

右事実によれば、原告進は受傷後、最も症状の悪い時期に於ても、受傷前と同様の報酬を原告会社から支給されたことが明らかであつて、受傷による業務の支障によつては、原告進の得た収入に変化がないことになるから、昭和四七年四月一〇日以降一二年間にわたつて、後遺障害のため原告進の収入が減少することについては疑がもたれ、少なくともこれを立証するに足る証拠はないものと認められる。

(六)  慰藉料について。

〔証拠略〕によれば、請求原因四の(六)項の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。この事実によれば原告進が受傷およびその後遺障害のため相当の肉体的精神的苦痛を蒙つたことは明らかでありこれを慰藉するには金一八〇万円をもつてすることが相当である。

(七)  以上によれば、原告進は前(一)(六)項の合計金一八六万六八〇〇円の損害を蒙つたものであるところ、原告進が後遺障害補償金六〇万円の支給を受け、被告から合計金三一万三三一〇円の支払を得て損害填補に充てたことは当事者間に争いがないから、原告進の損害はれを控除した金九五万三四九〇円である。

(八)  弁護士費用

原告進が本件訴訟のため原告訴訟代理人に訴提起を委任したことおよびこれに相当の着手金、報酬を要することは明らかであるところ、被告において賠償すべき範囲は、認容額のほゞ一割とすることが相当であるので、被告は原告進に対し金一〇万円の損害賠償義務がある。

以上のとおりであるから、原告進の請求は金一〇五万三四九〇円と、これから弁護士費用金一〇万円を控除した金九五万三四九〇円に対する不法行為の日(昭和四四年一〇月四日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余の請求は理由がないものとして棄却する。

五  原告操の損害について。

(一)  原告操が本件事故による受傷のため、治療費、診断書料、通院交通費として合計金七万一〇三七円を支出したことは、当事者間に争いがない。

(二)  原告操は原告会社の取締役としてその業務に従事し、昭和四五年一〇月一日から一年間は金三万二〇〇〇円の賞与を受けていたが、受傷による原告会社の経営不振のため、昭和四六年一〇月一日以降の賞与を受け得なくなつたと主張する。

しかし、〔証拠略〕によれば、原告操が受傷のためもつとも業務従事に支障をきたしたのは、昭和四四年一〇月四日の受傷後、昭和四五年一二月一九日の通院終了頃までのことであると認められるところ、〔証拠略〕によれば、原告操は、右期間を含めて、昭和四四年一二月に金五万二〇〇〇円、四五年七月、同年一二月、四六年七月、同年一二月に各金六万四〇〇〇円の賞与の支給を得ていることが認められ、この受傷後に得た賞与が、受傷前に比して減額されたことを認めるに足る証拠はない。

してみれば、原告操が昭和四七年以降に賞与の支給を得ることができないものとしても、受傷による原告会社の経営不振と賞与の支給を得られないことゝの間に因果関係があることについては疑いがもたれ、少なくとも、受傷によつて賞与の支給が得られないことの立証があるとは認められない。

(三)  牛乳配達報酬損失について、原告は受傷のため原告会社の業務に従事するに支障を生じ、訴外原田いく子を雇傭してこれに報酬を支払つたので、この報酬額相当の損害を蒙つたと主張するが、前記第四項(三)に述べたと同様の理由により、これを本件事故と相当因果関係にある損害であるものと認めることはできない。

(四)  逸失利益について。

前記第四項(五)において原告進の逸失利益について検討したと同様のことが原告操についても指摘される。

すなわち、原告操が受傷前に支給されていた給与の本給は、〔証拠略〕によれば月額金二万六〇〇〇円である。そして、原告操が受傷のため最も業務に支障をきたしたのは、前認定のとおり昭和四四年一〇月から昭和四五年一二月の間であるところ、前出甲第二八、二九、三〇号証によれば、原告操は昭和四五年一〇月一日から四五年九月三〇日までの報酬として金三四万八〇〇〇円の支給をうけ、同様、昭和四五年一〇月一から四六年九月三〇日まで金三八万四〇〇〇円、四六年一〇月一日から四七年九月三〇日まで金三八万四〇〇〇円の支給をうけており、この支給額は受傷前の報酬額を下廻ることはない。とすれば、原告操が右期間後、原告会社の経営不振のため報酬を受け得ないものとしても、原告操の受傷に原因するものということはできない。

(五)  慰藉料について

〔証拠略〕によれば、請求原因五の(五)項の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。この事実によれば、原告操が受傷およびその後遺障害のため相当の肉体的精神的苦痛を蒙つたことは明らかであり、これを慰藉するには金一六〇万円をもつてすることが相当である。

(六)  以上によれば、原告操は前(一)(五)項の合計金一六七万一〇三七円の損害を蒙つたものであるところ、原告操が後遺障害補償金七八万円の支給を受けて、損害填補に充てたことは当事者間に争いがないから、原告操の損害はこれを控除した金八九万一〇三七円である。

(七)  弁護士費用

原告進の場合について述べたと同様の理により、被告は原告操が要する弁護士費用のうち金九万円について損害賠償の義務がある。

以上のとおりであるから、原告操の請求は金九八万一〇三七円と、これから弁護士費用金九万円を控除した金八九万一〇三七円に対する不法行為の日から支払ずみまでの法定遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余の請求は理由がないものとして棄却する。

六  原告会社の損害について。

(一)  〔証拠略〕によれば、前第三項の事実、第四項(六)、第五項(五)の各事実が認められるほか、原告進、操は訴外原田一康、同原田いく子を原告会社業務のため雇傭し、又、原告らの長女を帰家させて手伝わせるなど、原告会社の営業を維持するために努力したが、原告会社の柱であり、かつ営業活動の実質的な維持者であつた原告進、操の従事不能ないしは困難のため、原告会社の業績は著るしく低落し、その後現在にいたるまでもこの業績低下の回復が困難であることが認められ、この認定に反する証拠はない。

そして、〔証拠略〕によれば、原告会社は原告進、操の受傷前である昭和四三年一〇月一日から四四年九月三〇日の間には、金一七一二万一三一五円の売上げをして、金七万六七一八円の利益を得ていたが、受傷後である昭和四四年一〇月一日から四五年九月三〇日の間には金一五九〇万三二四九円の売上げにとゞまつて、金八四万九一四九円の欠損を生じ、昭和四五年一〇月一日から四六年九月三〇日の間には、金一三七一万九六三三円の売上げで金七三万八一八四円の欠損を生じ、昭和四六年一〇月一日から四七年九月三〇日の間には、金一二五四万四三二九円の売上げで金七七万八三一二円の欠損を生じ、昭和四七年一〇月一日から四八年九月三〇日の間には、金一二五五万七八三二円の売上げで金三二万八七四四円の欠損を生じていることが認められ、この認定に反する証拠はない。

原告会社の昭和四四年一〇月一日以後四八年九月三〇日までの間のこれら欠損は、原告進、操の受傷前の原告会社の売上高および利益と比較し、原告会社には原告進、操の受傷のほかに業績低下の原因のあることは指摘できないことから考えると、これらが原告進、操の受傷による業務従事不能或いは困難に原因するものと認められるので、これら欠損は訴外水庭の不法行為と相当因果関係にある損害であると認められ、被告は原告会社のこれら欠損合計金二六九万四三八九円(原告の請求額は二六九万一三八九円であるが、これは誤算であり、これを超える認定をしても、原告会社の営業損害請求全体の額を超えない限り請求のない損害を認定したことにはならない)を賠償する義務がある。

次に原告会社は、将来も右のような営業欠損を生ずるものとして、毎年金三〇万円の欠損としてこの五年分を営業損害として請求している。そして、〔証拠略〕によれば、原告進の後遺障害は障害等級一〇級であり、〔証拠略〕によれば、原告操のそれは九級であつて、いずれも全快の見込はなく、この後遺症状が長期間にわたつて継続することが認められるから原告進、操はその間相当の労働能力を喪い、これが原告会社の業績低迷の原因となるであろうことも認めることができる。

しかしながら、法人の営業は人的物的有機体の総合的な活動から成るものであるから、原告会社がいかに原告進、操の個人営業と同様の業態であるといつても、原告進、操の後遺障害等級による労働能力喪失率をそのまゝ原告会社の営業損害と結びつけることはできないし、現に、前認定のとおり、原告会社の営業欠損は、昭和四七年一〇月以降はそれ以前に比較して急激に減少し、業績が回復しつつあることが認められるので、原告会社主張のように、昭和四八年一〇月以降五年間にわたつて年間金三〇万円の欠損を生ずるものと認めるべき根拠に乏しい。

そこで、前認定の原告進、操の後遺障害の状況と、証拠上認められる最終時期の原告会社の営業欠損が年間金三二万八七四四円であること、原告会社の業績が回復しつつあることなどの事実を総合勘案して、原告会社は昭和四八年一〇月一日からの三年間に各年間金二〇万円の欠損を生じ続けるものと推定して、原告会社の将来の営業損として合計金六〇万円を被告に賠償せしめることが相当である。この場合、将来損害として厳密には中間利息を控除すべきであろうが、右損害額の推定自体が控え目に認定された概算額であり、又、将来にわたる期間も短期であるから、厳密に中間利息を控除する意味は少ないので、これを控除する必要を認めない。

(二)  弁護士費用

先に原告進の損害について述べたと同様、原告会社の要した弁護士費用のうち、右請求認容額合計金三二九万四三八九円の約一割である金三三万円を不法行為と相当因果関係にある原告会社の損害と認める。

以上のとおりであるから、原告会社の請求は金三六二万四三八九円と、これから弁護士費用金三三万円を控除した金三二九万四三八九円に対する不法行為の日から支払ずみまでの法定遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余の請求は理由がないものとして棄却する。

七  そのほか、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条但書、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用する。

(裁判官 田中昌弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例